解像度

日が昇る頃に早起きするのは、一日坊主で終わった。

 

もう何度目の月曜日だろうか。

一日一日は全て今までとは違う日のはずなのに、曜日という概念のせいで、いつも同じ生活をしているような感覚になる。

でも実際月曜日はちょっとしんどい。

 

休みにも中日があれば最高なのにな、と常々思う。

10連休なんかよりも、隔週くらいで3連休が欲しいし、それがダメなら、毎月最低一日は祝日が欲しい。

6月には一日も祝日がない。

何故だろう。

ゴールデンウィークの由来もよく知らない。

 

もう6月も折り返した。

それでも気持ちのいい青空が広がっている。

週間天気予報を見た感じだと、火曜日からは曇り空が続きそうだ。

ようやくか。

梅雨入りが遅くても梅雨明けが平年通りだったりするんだろうか。

梅雨は2週間だけみたいな。

そんなに甘くはなさそうだが。

 

今週からの食堂の肉フェスだが、研究室のメンバーが授業が終わってから12時に行ったときには売り切れていた。

さようなら、牛さがりステーキ。

混雑がおさまる13時ごろにいつも通りうどんを食べに食堂再チャレンジしたとき、食堂のおばちゃんが、実は売り切れていなかったとを言っていた。

案内する人と厨房の現実に齟齬が。

もう少し粘れば食べられたかもしれない、という話になったが、「売り切れです」と言われてしまっているのに「いや、もうちょっと粘ります」はないだろう。

売り切れと言われればそれは売り切れだ。

 

心の瞳という曲のコード(和音)がエモい、という話になった。

一番エモい所のコードが、F#m7→B7と書かれていたので、F#m7(♭5)→B7のほうがいいだろうというと盛り上がった。

感覚的にそうだと思ったが、理論的にもそのほうがあっているらしい。

メジャーコードだと明るい雰囲気で、マイナーコードだと暗い雰囲気だとかいうのは、コード理論を知らなくても、なんとなくわかる。

なんで分かるんだろう。多分子供でも分かる。

 

エモいという言葉が出てきてから、エモいエモい言っているが、感情の解像度はダダ下がりしている。

哀愁を感じるとか、心の琴線に触れたとか、もっと細分化できるはずのところを一括りにしている。

言葉では何とも言えない感情もあるので、便利といえば便利だ。

 

テレビで見た景色を、ここはどこだと判断できることがある。

景色は言語化しにくい情報のような気がするが、どうやって記憶しているんだろうか。

それをちゃんと地名とか場所と紐づけられているのがすごいと思う。

脳内に知ってる景色だけのストリートビューみたいなのがあって、あの黄色い人が「ここだよ」って教えてくれるのかも知れない。

それだったらきっと楽しい。